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後継者が主体的に経営理念を策定することで、円滑な事業承継を

小久保 和人(中小企業診断士、KOKコンサルティング代表)

1 ~後継者育成の課題編~

事業承継の課題に有効な方法とは

 事業承継時の大きなテーマの1つに、後継者育成がある。2014年版中小企業白書第3部第3章「事業承継・廃業―次世代へのバトンタッチ―」によれば、後継者が育つには最低でも3年はかかると言われており、いかに早く後継者の育成に着手するかが重要となる。

 

一般的な後継者育成の手段としては、自社の各部門での業務経験、現経営者による直接指導、他社勤務での修行および社外セミナーへの参加などがあるが、これらの手段は、いずれも後継者が「経営者としての知識を深める」ことに主眼が置かれることが多い。だが、実際の事業承継時には、知識面以外にも、以下に示すような後継者育成上のさまざまな課題が発生する。

課題1:現経営者の思い・ノウハウの継承
 これまで会社を引っ張ってきた現経営者は、さまざまな経験から学んだ思いやノウハウを有している。これらは会社にとっての宝であり、ぜひとも後継者に引き継いでもらいたい内容であるが、これらの思いやノウハウは現経営者の暗黙知であり、文章や図のような伝えやすい形にはまとめられていないことが多い。

課題2:後継者のモチベーション
 後継者には、後継者の価値観、得意や不得意がある。会社の事業内容や現経営者の思いがどんなに素晴らしいものであっても、後継者がそれを「自分ごと」として捉え、自分の強みを発揮して活躍できるフィールドであると認識できなければ、モチベーションは維持できない。

課題3:社内での後継者の存在感
 事業承継をする段階では、現経営者に比べて後継者の社内での存在感は低い。特に、現経営者が創業者でカリスマ性がある場合、それと自らを比べてプレッシャーを感じる後継者は多いのではないだろうか。徐々に後継者の存在感を高めていく施策が必要である。

 

以上のような後継者を育成する上でのさまざまな課題を解決するためには、「後継者が主体的に経営理念を策定する」ことが有効である。

 2 〜経営理念の策定編~

現経営者の思いを原案とする

(1の続き)
 前稿で述べたとおり、事業承継のタイミングで後継者がリーダーとなって経営理念を策定し、それを社員に浸透する活動を推進することは、後継者育成上のさまざまな課題を解決しつつ、事業承継を円滑に進めるために有効な施策である。
 そのためには、現経営者の思いやノウハウを後継者が理解し、経営理念の中に後継者の強みを盛り込むことでモチベーションを高め、さらに、経営理念の策定や浸透させる活動を通じて、社内における後継者の存在感を向上させていくことが必要である。
 その具体的な進め方について、以下から次稿にわたり、ステップごとに説明する。

ステップ1:現経営者が、これまで大事にしてきたことをヒアリング
 経営理念の策定にあたっては、まず、現経営者のヒアリングを行うことから始めたい。ここで最も大事なことは、現経営者に敬意を持って傾聴するということである。最初から経営理念のキーワードとなりそうな話を聞き出そうとはせず、まずは現経営者の成功体験や失敗談などを自由に話してもらう。そして、現経営者の話の中に繰り返し出てくる教訓などに着目し、キーワードとして記録していく。このキーワードが経営理念を策定するときのタネになる。
 根気のいる作業になるが、これは現経営者の思いを後継者に継承していくという重要なプロセスでもあるので、丁寧に行っていただきたい。

 

ステップ2:経営理念の原案を作成し、後継者の強みを付加
 次に、現経営者から引き出したキーワードを元として経営理念の原案を作成する。作成したら、後継者はこれを俯瞰して、この経営理念の原案の「どの部分にワクワクしてやりがいを感じるか」「どの部分に自分の強みを発揮して貢献できそうか」について考える。考えた結果を踏まえて、必要に応じて経営理念の原案に加筆・修正を加える。この作業を通して、後継者が経営理念を「自分ごと」化し、モチベーションを高めていくことが狙いである。

3 ~社員への浸透編~

全社員へ後継者の存在感を示す

(2の続き)
 前稿に引き続き、経営理念を社員に浸透するまでのステップを解説する。

ステップ3:主な社員と共に経営理念を策定
 前稿の「ステップ2」で作成した経営理念の原案を叩き台にして、主な社員と共に経営理念を策定していく。全社員を巻き込むことが理想だが、時間や人数などの制約がある場合は、幹部や管理職、リーダー層から選抜して策定チームを作る。後継者だけでなく、必ず社員を巻き込むことが重要である。策定プロセスに参画したことで、完成した経営理念は上から押し付けられたものではなく、その社員の「自分ごと」になる。また、この作業を通じて、後継者の社内での存在感を向上させると共に、今後の後継者の右腕となる社員を発掘する、という狙いもある。策定時の打ち合わせはワークショップ形式で行い、社員の本音や自由な意見を引き出すことを心がけたい。

ステップ4:経営理念を全社員に浸透
 最後に、「ステップ3」で策定した経営理念を公開し、全社員に浸透させていく。経営理念を文書に起こして配布すると共に、職場ごとに説明会を開催する。説明会では一方的に説明するだけではなく、この経営理念を自分の職場でどのように実践するか、について社員同士で対話する時間を持つようにする。これにより、経営理念が社員1人ひとりの「自分ごと」となっていく。この浸透活動を通じて、後継者と各社員との関係性を深め、後継者の社内における存在感をさらに向上させていくことができる。

 以上に、後継者が主体的に経営理念を策定することで、事業承継時に直面するさまざまな課題を解決し、事業承継を円滑に進める方法について紹介した。現経営者の皆さまには、後継者育成の一環としてぜひチャレンジしていただきたい。
 なお、具体的に実践する場合、後継者が現経営者からのヒアリングや社員とのワークショップを行う際にはファシリテーション(かじ取り)能力が要求されるため、必要に応じて、後継者のサポート役として中小企業診断士などの外部ファシリテーターの活用を検討することをお勧めする。

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