経済界トップによるインタビュー連載「中小企業へのメッセージ」。今回は経団連副会長の早川茂氏の登場だ。日本を代表する製造業・トヨタ自動車の副会長を務め、温厚誠実な人柄で知られる。リーマン・ショック前後の米国駐在など自身の経験を踏まえつつ、中小企業の経営者へエールを送ってくれた。
◇
トヨタ自動車は仕入先の約3分の1が中小企業だ。仕入額全体でも1割弱と大きな存在感を占めている。仕入先とは長期安定的取引の中でともに成長する「育成購買」を実施しているが、とくに中小規模の仕入先とはていねいなコミュニケーションと協力関係の下で原価低減に取り組み、その成果を適正に分かち合っている。
中小企業は日本の経済・社会を支える土台であり主役だと考えている。高い技術力や優れたノウハウを有し、品質や納期に対する信頼性が高い多様な中小企業の集積が産業の基盤になっている。日本がグローバルにやってこられたのは、中小企業という土台があったおかげであり、この基盤を弱くしてはいけない。中小企業が元気であることが日本経済全体の活力につながると思う。
中小企業を元気にするにはどうすれば良いか。まず考えられるのが、海外進出だと思う。輸出競争力があるのに輸出をしていない中小企業は多いのではないか。縮小する国内より、成長する海外に販路を広げることが、日本の繁栄にも結びつくだろう。
IT投資も重要だ。米国などに比べるとこれまでの日本のIT投資は大企業も含めてかなり遅れていたと言わざるを得ない。情報化投資は生産性の面でも人手不足対策の面でも有効だ。
地域の企業市民に
私は2007年9月に米国統括会社、トヨタモーターノースアメリカの社長として9年4月まで米国に駐在した。赴任直後にリーマン・ショックが起こり、ゼネラル・モーターズがチャプター11(米連邦破産法第11条)を申請し、トヨタも生産調整をしなくてはいけなくなった。従業員みんなが「トヨタはどうなる」と心配したが「雇用は守る」と宣言した。日本のトヨタ本体と同じで、守っていく優先順位がはっきりしていたのでブレなかった。
海外ではどこでオペレーションしようが、その地域社会の企業市民として認めてもらえるためにどうするかということはとても重要なことである。民間企業に対する期待値は地域によって違うが、ここはいい会社だねと思われるようにやっていかないといけない。
駐在時代、現地の中小企業、特にスタートアップの野心的な経営姿勢に圧倒される思いをしたことをよく覚えている。日本の中小企業も起業家精神を存分に発揮して新たなチャレンジに取り組み、大企業にも刺激を与えてほしい。また、中小企業がマイノリティの活躍の場になっていたことも印象に残っている。トップの目が社内の隅々まで届く中小企業は、女性や高年齢者などが輝く舞台になれるだろう。
応援団づくりを
一方で、中小企業は規模の小ささゆえに、資金調達や人材確保、事業承継など様々な側面で外部環境の影響を大きく受けやすいのではないか。
こうした課題には適切な政策的支援が必要だ。中小機構をはじめ国が、相談はもとより融資や税制、助成金など様々な支援を実施しているので、より有効に活用されればと思う。経団連も、各ブロックの経済連合会と連携協定を締結し、地方の中小企業の技術やノウハウを大企業とマッチングさせる取り組みを進めているので活用してほしい。
これまでの経験から言えるのは、困難を克服するには日ごろからの応援団づくりが大事だということ。困難はいつでも急にやってくるが、応援団がいれば困難のレベルが違ってくる。社員、取引先、地域社会、メディアも含めステークホルダーと日ごろのコミュニケーションを密にしてネットワーキングを広くしていく。同業者とは率直な意思疎通を行い、地域に対しては地元のイベントへの参加や学校への支援などを通して、地域社会への貢献に努め、発信する。こういうことをトップが日ごろから意識してやれば、社員みんながそういうマインドを持つ。ステークホルダーと安定的な信頼関係が築ければ、いざという時に応援団になってくれるはずだ。
昭和、そして平成の30年を経て、ビジネス環境の変化のスピードは桁違いに速くなってきている。今や変化はあたりまえで、その変化を予見して備えることだ。(談)
早川茂(はやかわ・しげる)氏1977年東大経卒、トヨタ自動車販売(現・トヨタ自動車)入社。広報部長、常務から2007年トヨタモーターノースアメリカ社長、12年専務、15年オリンピック・パラリンピック部統括を経て17年副会長。同年5月から日本経済団体連合会副会長、経団連アメリカ委員会・通商政策委員会委員長。神奈川県出身。65歳。
#中小企業は日本の土台だ
#早川茂
#中小企業ビジネス
Comments